WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
 
 
032「収穫を終えたナパへ」

もう7年も前のことになるが、初めてアメリカ西海岸へ行った。それまでは、東海岸ばかりに縁があった。一方でサクラメントに住む友人のことがずっと気になっていた。彼女も私と同様、大学を出てしばらくすると日本を出た。お互いに、いつか会おうと言いながら、なかなか実現できないでいた。

10月末、それがやっと実現した。滞在中に彼女とナパヴァレーへ小旅行に出かけた。

頭の中には、未完成のパズルのようなナパの風景があった。地図を眺め、ワイン関連書やワイン専門誌の写真の断片をそこにはめ込み、たぶんこんな感じだろうと想像で繋ぎ合わせた風景だ。友人の運転で、ナパの谷をゆっくり進んでいくと、地図と写真では補えなかった部分が一挙に割り込み、ナパはやっと完全な風景となって私の目の前に開けた。

1日目は、ボーリュー・ワインヤード、イングルヌック、ロバート・モンダヴィの3醸造所を、2日目は一路カリストーガヘ向かい、徐々に南下しながら、シャトー・モンテレーナ、カステロ・ディ・アモローザ、シュラムスバーグ、チャールズ・クリュッグの4醸造所を訪れた。

訪れた醸造所のほとんどが、著名シャンパンメゾンのように観光施設として機能していた。様々な見学・テイスティングコースを提供しているので、自分の興味や知識に合わせて選ぶことができる。ドイツのワイナリーも、ある程度の規模があるところなら、いずれこのような観光施設としての機能を備えるようになるかもしれない。シャンパーニュもそうだが、ナパには、そのお手本がいくつもある。

アメリカが移民の国であることを、ワイナリーを訪問しながら改めて意識することになった。ナパのワイン産業は、様々な国の移民たちの手によって成り立っている。19世紀半ばのゴールドラッシュ以後、最初のワイナリー創業ラッシュがあった。プロシア出身のチャールズ・クリュッグ(1861年創業/1943年よりモンダヴィ家所有)、ドイツ出身のヤコブ・シュラムスバーグ(シュラムスバーグ・1862年創業/1965年よりデイヴィーズ家所有)、同じくドイツ、マインツ出身のヤコブ&フレデリック・ベリンジャー兄弟(ベリンジャー・1876年創業)、フィンランド出身のグスタフ・ニーバウム(イングルヌック・1879年創業/1975年よりコッポラ家所有)などが、この時期にワイナリーを興した。

1900年には、ラザフォードの地に魅せられ、「美しい土地(ボーリュー)」という名の醸造所をたちあげたフランス人がいた。ジョルジュ・ド・ラトゥールだ。彼は、1938年にパリへ行った時、後に伝説の醸造家と称されることになるロシア人、アンドレ・チェリチェフに出会った。チェリチェフはボーリュー、およびナパのワインのポテンシャルを確信し、ナパに移住。数多くの優れたワインを世に出した。コンサルタントとしても活躍し、ナパワインの父、あるいはカリフォルニアワインの父と呼ばれている。

同じく移民の国であり、同じ頃にワイン産業が興ったブラジルの場合、ワイン造りを始めたのは南部に移住したイタリア系の移民だった。

イタリア系移民といえば、ロバート・モンダヴィがそうだ。彼も、カリフォルニアワインの父と言われる。彼がワイナリーを創業したのは1966年だったが、その10年後にあたる1976年、世界のワイン業界に転換期をもたらす出来事があった。パリでワインビジネスに従事していた英国人、スティーブン・スパリュアが企画した、米仏ワインのブラインドテイスティングだ。このテイスティングでは、企画者の予想を裏切って、赤ワイン部門、白ワイン部門ともに、カリフォルニアワインがトップの座を勝ち取った。メディアがギリシャ神話のエピソードを引用して「パリスの審判」と称した、この「パリ対決」は、その後、旧世界と新世界のワイン関係者の意識を変え、カリフォルニアに再びワイナリー創業ラッシュが起こった。

収穫をほぼ終えたナパの日差しは、いまだ暖かく、夏の名残りが感じられる。ぶどう畑を、時が止まったかのような静寂さが支配している。ユーモアたっぷりのガイドの話を聞き、美味しいワインをテイスティングし、30年ぶりの友人との会話を楽しむ。そういえば、ワイナリー訪問をこれほど心ゆくまで、純粋に楽しんだ旅は、この時が初めてだった。仕事がらみの訪問も好きだが、まっさらな気持ちで訪問すると、研修や取材の時とは違った風景が見えてくる。

束の間のカリフォルニア滞在からハンブルクに戻り、知人と話をしていたとき、1900年代にカリフォルニアでワイン造りに取り組んでいた日本人がいたことを教えてくれた。薩摩藩士だった長澤鼎(かなえ)という人物だ。カリフォルニアのワイン王などと呼ばれていたという。

長澤鼎の生涯については、いずれも綿密な調査と取材を経て書かれたという著書が3点出版されている。

多胡吉郎著「長沢鼎 ブドウ王になったラスト・サムライ」2012(ドキュメンタリー・ノベル)
渡辺正清著「評伝 長澤鼎 カリフォルニア・ワインに生きた薩摩の士」2013
上坂昇著「カリフォルニアのワイン王 薩摩藩士・長沢鼎 宗教コロニーに一流ワイナリーを築いた男」2017

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日本人移民の草分けである氏のことを、もっと知りたくなってきた。

 
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