TRANS・BRASIL ブラジル・日本往復
 
 
021「カジューの季節にテレジーナへ」

9月半ば、ブラジル北東部ピアウイ州のテレジーナ空港に降り立った。夫の伯父たちが住むこの街には2年に一度くらいの割合で訪れる。

テレジーナは州都だが、欧州からの直行便はまだなく、フォルタレザやサンパウロなどを経由する。上空から眺める街は、碁盤の目のように整然としている。街が建設されたのは1852年。首都ブラジリアの完成(1960年)より1世紀も早い。ブラジル初の計画都市で、建設当時はブラジル最大の都市だった。現在の人口は約85万人だ。

北東部では唯一、内陸に位置する州都なので、誰もがブラジルにイメージするビーチはない。街はパルナイーバ川とポチ川が合流するところにあり、水が豊かで緑が多く、「緑の街」とか「北東部のメソポタミア」などと言われる。街を外れ、内陸に向かうと、セルタオンと呼ばれる果てしない荒野が続く。南へ500キロ行くと、旧石器時代の壁画が残る世界遺産、セラ・ダ・カピバラ国立公園があるのだが、あまりにも遠すぎて今回も行けなかった。

テレジーナは観光都市ではない。タクシーの運転手に観光客を乗せたことはあるかとたずねてみたら、案の定「いや、一度もないな。観光名所がないし。ここに来るのは、里帰りする人とビジネスマンだけだよ」という答えが返ってきた。

ブラジル音楽が好きな人なら、街の名前に聞き覚えがあるのではないだろうか。テレジーナはブラジリアン・ポピュラーミュージック(MPB)のキーパーソンの一人、トークァート・ネトの故郷である。詩人であり、ジャーナリストであり、ミュージシャンだったトークァートは、1960年代後半に起こった音楽を中心とする芸術運動「トロピカリア」に関わり、ブラジル音楽界の巨匠、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルらと共に活躍し、幾つもの名曲を生み出した。テレジーナには、彼の名前を冠した州立大キャンパスや劇場があるほど市民に愛されている。

さて、私のテレジーナ滞在中の楽しみのひとつは、市場に食材を買い出しに行ったり、料理を教えてもらったりすることだ。テレジーナは南緯5度の熱帯地域で、一帯はエキゾティックな食材の宝庫。トロピカルフルーツだけでも、バクリやブリチ、クプアスやウンブーなどヨーロッパでは手に入らないものばかり。何回訪れても、まだ知らない果実が見つかる。

テレジーナのあたりの名産はカジューだ。ブラジル・ポルトガル語でカジュー(caju)と言うと、馴染みがないかもしれない。でも、英語でカシュー(cashew)と言えば、誰もがその名前を知っているはず。カシューは本来の実であるカシューナッツだけでなく、偽果であるカシューアップルも食用となる栄養価が高いフルーツだ。熟れたカシューアップルはオレンジや赤に染まり、忘れがたい芳香と味わいを持つ。十分な甘みがあり、そのまま食べても美味しい。

カシューはブラジル北東部が原産だ。16世紀にポルトガル人が発見し、ブラジル以外の熱帯地域にも運ばれた。現在では、東南アジアやアフリカでも栽培されている。ブラジルではピアウイ州のほか、セアラ州やリオ・グランジ・ド・ノルチ州なども産地だ。

今回の旅は、ちょうどカシューが実る時期に重なった。旬はだいたい9月から1月ごろまで。テレジーナの街路樹はマンゴーが多いが、よく見るとカシューもあちこちに生えている。暑さと乾燥に強い常緑樹は、成長すると高さ10メートルくらいになる。目をこらすと、大木のあちこちに、黄色やオレンジ色の実がぶら下がっている。

カシューアップルは果皮が傷つきやすいため、ジュースに加工される。通常のカジューのジュースはクリーム色をしている。市販のものもあるが、友人たちは熟れたカシューアップルを冷凍保存し、ミキサーでジュースを作っていた。「カジュイーナ」という透き通ったジュースもある。1900年ごろ、ロドルフォ・テオフィロという薬剤師が考案した飲み物で、破砕しながら圧搾し、ろ過し、ボトリング後に熱処理する。保存料は必要ない。もぎたてのカシューアップルは遠方に出荷される事はほとんどなく、「カジュイーナ」も地元でないとなかなか味わえない。

「カジュイーナ」と聞くと、カエターノ・ヴェローゾの同名の歌を思い起こす。トークァート・ネトは若くして自らの命を絶った。カエターノは彼の死後、テレジーナで彼の父親と会い、友人を想って泣き崩れたという。その時、彼の喉を潤したのが、カジュイーナだった。翌日、この出会いは歌になった。「カジュイーナ」は名アルバム「シネマ・トランセンデンタル」に収録されている。

「カジュイーナ」を聴いていると、熟れたカジューの風味が蘇り、灼熱のテレジーナの街が目の前に現れる。音楽と香りは、辺境の街の輪郭をいつも鮮やかに浮き上がらせてくれる。

 
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