WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
 
 
033「30年ぶりのシチリア紀行」

今年の5月、シチリアワインの研修旅行に参加した。シチリア行きは1988年以来、30年ぶりだった。30年前は列車と船の旅だったが、今回初めて上空から雄大な島の姿を眺めた。こんなに大きかったのか。

イタリアだけど、イタリアとは違う。イスラム系、ノルマン系、ギリシャ系、フランス系、スペイン系、オーストリア系など、あらゆる帝国、王国、王族に支配され、翻弄された。シチリアのあるワイナリーのオーナーが「この島にはかつて、150年おきに異なる征服者がやってきたんだ」と言っていた。食生活だけを見ても、アラブなどの影響が残っている。島にはヨーロッパのはずれの、独特の空気が流れている。

フライトの関係で研修より1日早くパレルモに到着した。ぽっかりと空いた1日、30年前の記憶を辿りながら街を歩いた。ずいぶん観光地化していて、中心街は世界各地からの観光客であふれかえっていた。かつてあった街の陰りは、ずいぶん消えていた。

30年前に歩いたパレルモの市場街で、一箇所だけ鮮明に記憶している広場があった。広場の名前は忘れてしまったが、見つかるような気がして、大体の見当をつけて歩いてみた。広場はすぐに見つかった。30年前に食事をしたトラットリアはもう存在しなかったが、当時の記憶が蘇ってきた。おそらく中国系だったのだろう。「シャンハイ」という名前の店で、確かイワシがたっぷり入ったパスタを食べた。辻音楽師がやってきて「上を向いて歩こう」を演奏してくれたことまで思い出した。

翌朝はシチリアらしく、アランチーニ(ライスコロッケ)、パネッレ(マッシュしたヒヨコマメのフライ)などの朝食をとり、研修スタート。

シチリアのぶどう栽培面積は約11万ヘクタール。ドイツ全土のぶどう畑を全て合わせたくらいの規模だ。1日目はパレルモ南西のスパダフォーラ、マルサラ地域のフローリオとドンナフガータ、2日目はメンフィのセッテソリ協同組合、アカーテのCOS、キアラモンテ・グルフィのポッジオ・ディ・ボルトローネ、3日目はエトナ地域カスティリオーネ・ディ・シチーリアのグラーチ、トルナトーレ、ピエトラドルチェ、コッタネラ、そしてサンタ・ヴェネリーナのムルゴを訪ねた。

かつてシチリアといえば、マルサラワインだった。マルサラはシェリー、ポルト、マデイラと並ぶ酒精強化ワインで、辛口から甘口まで、様々な味わいのものが生産されている。伝統的に生産されてきたマルサラ・オロとマルサラ・アンブラにはグリッロ、カタラット、インゾリア、ダマスキーニョの4つの白品種、マルサラ・ルビーノにはペリコーネ、ネロ・ダヴォラ、ネレロ・マスカレーゼの3つの赤品種の使用が認められている。老舗のフローリオでは、酸が豊かなグリッロ100%にこだわり、きりりとした味わいのワインが造られていた。

1990年代ごろまで、シチリアはマルサラワインの産地としか認識されていなかった。しかし需要が落ち込み、醸造家たちはマルサラから脱却し始めた。加えて、ニューワールドのワインの隆盛が、ニューワールド的な気候のシチリアのポテンシャルを彼らに再認識させた。近年の先駆者は、1983年設立のドンナフガータ、1985年創業のフィッリアート、1988年にカベルネソーヴィニヨンを、1990年にシャルドネで伝統製法のスパークリングワインをリリースした老舗のタスカなど。90年代以降では、1995年創業のプラネタ、1999年に立ち上がったセッテソリ協同組合のマンドラロッサなどを思いつく。

イタリア全土がそうだが、シチリアも固有品種の宝庫だ。同じシチリアでも、地域により栽培品種ががらりと変わる。例えば、シチリア唯一のDOCGチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアでは、フラッパートという赤品種が古くから栽培されてきた。火山の麓に広がるエトナ地域では、赤のネレロ・マスカレーゼ、白のカリカンテが主役だ。エトナ地域は、島の中の島のように、他の地域と全く異なる気候と土壌を持つ。標高の高いエトナ地域のぶどう畑は低地より冷涼で、重要性が増している。

今回の旅で特に印象的だったのが、COS、ピエトラドルチェ、ムルゴの3社だった。

ヴィットリア地域、アカーテにあるCOSは、ドイツでもカルト醸造所などと言われ注目されている。1980年に3人の仲間が立ち上げたワイナリー。現在はそのうちの2人、ジャンバティスタ・シリア、ジュスト・オッキピンティが運営。ビオディナミを実践するほか、2000年からアンフォラを導入。全体の2割くらいをアンフォラで醸造している。バリックはワインの風味に影響があるので、使わない主義だ。

2016年産Pithos Biancoはグレカニコ100%。アンフォラ使用のいわゆるオレンジワイン。ハーブやレモンピール、ビターオレンジの風味。2015年産Pithos Rossoはネロ・ダヴォラとフラッパートのブレンド。ほのかなアニマル香、充実した果実味とスモーキーな風味。いずれのワインも重層的で、底辺に薬草のようなハーバルな風味、その奥にはピュアな味わいを感じた。

エトナ地域、カスティリオーネ・ディ・シチーリアのピエトラドルチェは、家族経営の醸造所。初代がエトナ地域にワイナリーを興し、2005年からは3代目のミケーレ&マリオ・ファロ兄弟が運営。エトナ山の溶岩を組んで造られた伝統ある段々畑でワイン造りに取り組む。ほとんどがプレフィロキセラの畑で、樹齢80〜120年。すべてアルベレッロ仕立て。アルベレッロで育てると、ぶどうは太陽の恵みをまんべんなく享受できるという。

2017年産Archineri Etna Blancoはカリカンテ100%、アプリコットとハーブ、ミネラリッシュな風味。2015年産Archineri Etna Rossoはネレロ・マスカレーゼ100%。果実味豊かで清涼で、後味が優しい。2015年産Sant‘andrea Biancoはカリカンテ100%、ハーバルな風味とナッツの風味。凝縮したエキス分が感じられる。2015年産Barbagalli Etna Rossoもネレロ・マスカレーゼ100%。金木犀のような香り。重層的で深い。

ギリシャ、ローマ神話に度々登場するエトナ(標高3329メートル)は、頻繁に噴火している活火山であり、そこでは土壌が生きている。火山麓扇状地にある畑は火山由来の土壌だが、均質ではなく、場所によっては数メートル違いで土質が異なるという。ぶどう畑の標高は高いところで1000メートルに達する。火山質の土壌から生まれるワインには、力強さをイメージするが、主要品種であるネレロ・マスカレーゼは非常にデリケートで、繊細な味わいのワインになる。造り手はバリックよりもトノーや大樽を好む。マッサルセレクションの古い畑には、ネレロ・カプッチョも混在しているが、品質はネレロ・マスカレーゼの方が良いそうだ。1990年代には数軒しかなかったワイナリーも、今や60軒。優れたエトナのワインは、優れたトスカーナやピエモントのワインと肩を並べるまでになった。

旅のハイライトはサンタ・ヴェネリーナのムルゴ(ラ・テヌータ・サン・ミケーレ)だった。1860年創業。外交官だったエマヌエル・スカマッカ・デル・ムルゴが1981年に醸造所を刷新。エトナ地域では初めて伝統製法のスパークリングワインをリリース。ネレロ・マスカレーゼはスパークリングワインにもふさわしい品種だという。現在は長男のミケーレが中心となって運営。ワイナリーの他に、宿泊施設とレストランもある。

スパークリングワインは全てネレロ・マスカレーゼから作られ、ブラン・デ・ノワールとロゼがある。2016年産Murgo Brut、2015年産Brut Roséは瓶熟2年、2013年産Rosé Extra Brutは瓶熟4年、2009年産Extra Brutは瓶熟10年。いずれも申し分ない味わい。ネレロ・マスカレーゼという品種がピノ・ノワールに匹敵するポテンシャルを持つ品種であることを知った。

 
ARCHIV

過去のワインエッセイはトップページのアーカイヴからお探しください。