WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
ローヌ川はタン・レルミタージュで右向きに急カーヴを描き、エルミタージュの山には南向きの理想的な畑が開墾された。ラインガウ地方のことを思い出した
馬を使っての畑仕事
棒仕立てなので、藁で伸びた蔓を棒に結わえる
河原のようなシャトーヌフ・デュ・パプのぶどう畑
エクサン・プロヴァンスのセザンヌのアトリエ。計算しつくされた採光、機能的な設備、まだ彼が生きているかのような気配
028「ミストラルの通り道 ローヌからプロヴァンスへ」
ミストラルという風について知りたかった。
地中海地域に吹く風で、その名が良く知られているのが、南東の風シロッコと北西の風ミストラルだろう。この他にも、北風のトラモンターナ、南風のオストロ、東風のレヴァンテ、西風のポニエンテなどがあるようだが、聞いた覚えはない。シロッコは確かトーマス・マンの「ベニスに死す」で、ミストラルはピーター・メイルの「南仏プロヴァンスの12ヶ月」で知った。
ミストラルは颪(おろし)だという。日本の颪は冬の風だが、ミストラルは年間を通して吹くようだ。北西からやってくる風は、ローヌの谷の下流域で威力を発揮するため、プロヴァンス地方特有の風のように思われている。でもこの風に吹かれる地域はもっと大きい。リヨンからマルセイユまでのローヌ川沿い全域、ラングドック地方、はてはコルシカ島やサルディーニャ島までが、ミストラルの影響を受ける。コート・ダジュールの一部だけが、地形の関係でその影響を免れているが、そこでも北からの風をミストラルと呼んだりする。
ビスケー湾に高気圧が陣取り、フランスの北に低気圧が現れて東へ向い、北イタリアに低気圧が居座っている時に、極東風が発達してミストラルが生まれ、ゼヴェンヌ山脈とアルプス山脈に挟まれたローヌの谷に下りてゆくらしい。風は狭い谷を下りながら速度を増して地中海へ向う。からりと晴れた日、温度が急激に低下すると、大抵ミストラルがやってくる。そして何日も、時には何週間も吹き続ける。弱い風で風速50km/hくらい、最大で135km/hの暴風となる。乾いたミストラルは土壌から湿度をどんどん奪ってゆく。極度の乾燥は山火事の原因になることもある。
北ローヌ地方の、ローヌ川が流れる狭い谷には、ミストラルから守られたぶどう畑がいくつもある。エルミタージュのぶどう畑は、南側斜面が開墾され、北側の背でミストラルを遮っている。ローヌの谷はミストラルの通路であり、この風のおかげでぶどう畑の風通しが良くなるという利点があるが、強風は悪天候も引っ張って来る。南ローヌの平野地域には防風林もつくられている。農夫たち、ワインの造り手たちは、ミストラルを歓迎することもあれば、恐れることもある。
いつでも吹くという、いつ吹くかわからない風を探しに、6月末ローヌへ向った。パリ経由でマルセイユへ飛び、最初にエクサン・プロヴァンスへ辿り着いた。プロヴァンス地方はフランスワイン発祥の地だ。観光地然とした街には、乾いた微風が吹いていた。
列車でタン・レルミタージュへ行き、ローヌ川のほとりを歩いていた時は、少し強めの風が一緒だった。棒仕立てのぶどうは、多くの手作業を要求するが、陽光を存分に浴び、多少の風にはびくともしない。エルミタージュのぶどう畑は、適度に風を受け、涼しげだった。ここでは夜になっても風が吹いた。眠れないほどではないが、徐々に風を意識するようになった。
翌朝、エルミタージュに登ってみた。シャプティエのぶどう畑では、馬を使って草を刈っているようだった。土壌はとても乾燥していて、馬が進むたびに濛々と土埃が舞う。醸造所のスタッフが、ビオディナミが実践できるのはミストラルのおかげでもあるんだ、と言っていた。
この日はタン・レルミタージュからアヴィニョンへ向ったのだが、ヴァランス駅で乗り換え列車を待つ間、これまでにない強風に襲われた。お天気は良く、からりとしていたが、とにかく風が強く、身体ごと飛ばされてしまいそうなくらいだった。ローヌの谷を南下しながら、ミストラルは速度を増していく。アビニョンでも風を感じた、シャトーヌフ・デュ・パプはずっと風だった。晴天だが、風がずっと一緒だった。ガレットと呼ばれるごろごろとした白い丸石が敷き詰められたような畑は、水がひからびてしまった河原のよう。ぶどうは背をまるめてしゃがむ人のように低く栽培され、青々とした蔓が地を這っていた。
シャトーヌフでは夜更けにかけて風がますます強くなってきた。古いホテルの窓ガラスは眠りにつくまでガタガタと揺れていた。ミストラルは夜にはおさまるとどこかで読んだが、必ずしもそうではないようだ。
マルセイユ空港に戻る時、沢山の樹木が南に向って大きく傾いていることに気がついた。ミストラルが描く、自然の芸術。セザンヌが描く木々のゆがみも、ミストラルの痕跡なのだろうか。毎日風に吹かれたこの旅から3年以上経つが、ローヌのワインを味わう時には、いつもミストラルのことを思い出している。
〈旅する方へ〉タン・レルミタージュには、日本人女性がシェフを、彼女のフランス人のパートナーがソムリエを務める素敵なレストラン「Le Mangevins」がある。丁寧につくられた、とても美味しいお料理とワインが楽しめる。ワインは2人が勧めてくれたエルヴェ・スオ(Hervé Souhaut, Domaine Romaneaux Destezet)のSainte Epine(シラー100%)を味わいました。
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ミストラルという風について知りたかった。
地中海地域に吹く風で、その名が良く知られているのが、南東の風シロッコと北西の風ミストラルだろう。この他にも、北風のトラモンターナ、南風のオストロ、東風のレヴァンテ、西風のポニエンテなどがあるようだが、聞いた覚えはない。シロッコは確かトーマス・マンの「ベニスに死す」で、ミストラルはピーター・メイルの「南仏プロヴァンスの12ヶ月」で知った。
ミストラルは颪(おろし)だという。日本の颪は冬の風だが、ミストラルは年間を通して吹くようだ。北西からやってくる風は、ローヌの谷の下流域で威力を発揮するため、プロヴァンス地方特有の風のように思われている。でもこの風に吹かれる地域はもっと大きい。リヨンからマルセイユまでのローヌ川沿い全域、ラングドック地方、はてはコルシカ島やサルディーニャ島までが、ミストラルの影響を受ける。コート・ダジュールの一部だけが、地形の関係でその影響を免れているが、そこでも北からの風をミストラルと呼んだりする。
ビスケー湾に高気圧が陣取り、フランスの北に低気圧が現れて東へ向い、北イタリアに低気圧が居座っている時に、極東風が発達してミストラルが生まれ、ゼヴェンヌ山脈とアルプス山脈に挟まれたローヌの谷に下りてゆくらしい。風は狭い谷を下りながら速度を増して地中海へ向う。からりと晴れた日、温度が急激に低下すると、大抵ミストラルがやってくる。そして何日も、時には何週間も吹き続ける。弱い風で風速50km/hくらい、最大で135km/hの暴風となる。乾いたミストラルは土壌から湿度をどんどん奪ってゆく。極度の乾燥は山火事の原因になることもある。
北ローヌ地方の、ローヌ川が流れる狭い谷には、ミストラルから守られたぶどう畑がいくつもある。エルミタージュのぶどう畑は、南側斜面が開墾され、北側の背でミストラルを遮っている。ローヌの谷はミストラルの通路であり、この風のおかげでぶどう畑の風通しが良くなるという利点があるが、強風は悪天候も引っ張って来る。南ローヌの平野地域には防風林もつくられている。農夫たち、ワインの造り手たちは、ミストラルを歓迎することもあれば、恐れることもある。
いつでも吹くという、いつ吹くかわからない風を探しに、6月末ローヌへ向った。パリ経由でマルセイユへ飛び、最初にエクサン・プロヴァンスへ辿り着いた。プロヴァンス地方はフランスワイン発祥の地だ。観光地然とした街には、乾いた微風が吹いていた。
列車でタン・レルミタージュへ行き、ローヌ川のほとりを歩いていた時は、少し強めの風が一緒だった。棒仕立てのぶどうは、多くの手作業を要求するが、陽光を存分に浴び、多少の風にはびくともしない。エルミタージュのぶどう畑は、適度に風を受け、涼しげだった。ここでは夜になっても風が吹いた。眠れないほどではないが、徐々に風を意識するようになった。
翌朝、エルミタージュに登ってみた。シャプティエのぶどう畑では、馬を使って草を刈っているようだった。土壌はとても乾燥していて、馬が進むたびに濛々と土埃が舞う。醸造所のスタッフが、ビオディナミが実践できるのはミストラルのおかげでもあるんだ、と言っていた。
この日はタン・レルミタージュからアヴィニョンへ向ったのだが、ヴァランス駅で乗り換え列車を待つ間、これまでにない強風に襲われた。お天気は良く、からりとしていたが、とにかく風が強く、身体ごと飛ばされてしまいそうなくらいだった。ローヌの谷を南下しながら、ミストラルは速度を増していく。アビニョンでも風を感じた、シャトーヌフ・デュ・パプはずっと風だった。晴天だが、風がずっと一緒だった。ガレットと呼ばれるごろごろとした白い丸石が敷き詰められたような畑は、水がひからびてしまった河原のよう。ぶどうは背をまるめてしゃがむ人のように低く栽培され、青々とした蔓が地を這っていた。
シャトーヌフでは夜更けにかけて風がますます強くなってきた。古いホテルの窓ガラスは眠りにつくまでガタガタと揺れていた。ミストラルは夜にはおさまるとどこかで読んだが、必ずしもそうではないようだ。
マルセイユ空港に戻る時、沢山の樹木が南に向って大きく傾いていることに気がついた。ミストラルが描く、自然の芸術。セザンヌが描く木々のゆがみも、ミストラルの痕跡なのだろうか。毎日風に吹かれたこの旅から3年以上経つが、ローヌのワインを味わう時には、いつもミストラルのことを思い出している。
〈旅する方へ〉タン・レルミタージュには、日本人女性がシェフを、彼女のフランス人のパートナーがソムリエを務める素敵なレストラン「Le Mangevins」がある。丁寧につくられた、とても美味しいお料理とワインが楽しめる。ワインは2人が勧めてくれたエルヴェ・スオ(Hervé Souhaut, Domaine Romaneaux Destezet)のSainte Epine(シラー100%)を味わいました。
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