WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
 
 
025「ブラジルワイン紀行 その13 南緯8度のワイン ペルナンブコ」

2009年9月のある日、レシーフェ空港経由で、ペトロリーナに降り立った。人口25万人、サンフランシスコ川のほとりの、この街を訪れるのは2度目になる。1度目は2004年の8月、しばらくテレジーナに住んでいたときのこと。長距離バスの旅で、滞在中にバイーヤ州カサノヴァのオウロ・ヴェルジ醸造所を訪ねた。

今回の旅は、ブラジル国産ワインのコンテストの審査の仕事がらみで、オウロ・ヴェルジ醸造所を再訪できたほか(014 ブラジルワイン紀行2)、ペルナンブコ州の3つの醸造所を訪問することができた。ペルナンブコ州の醸造所はホタ・ド・ヴィーニョ(Rota do Vinho)と呼ばれる、サンフランシスコ川に沿ったルート上にあり、州が、ワイナリー巡りの観光地化に力を入れはじめている。

雄大なサンフランシスコ川の恵みを受けた、バイーヤ州とペルナンブコ州の境界地域は、川の水を有効利用した灌漑設備が整い、年間を通して、トロピカルフルーツや野菜が収穫できることで世界的に知られている。ワイン用のぶどうも、1本の樹から年に2,5回(!)収穫でき、灌漑水の調節で、擬似的に四季をつくり出すことで、年間を通じて収穫ができる。これをパラダイスと考えるか、尋常ではないと考えるか、私には判断できない。でも、砂漠のような土地で、灌漑という技術を生み出し、食料を栽培することを考えた人間の知恵は素晴しいと思う。

バスでペトロリーナを抜け、サンフランシスコ川をどんどん離れていくと、赤茶けた荒れ地が広がる。所々、マンゴーや食用ぶどうを栽培している、青々した畑が見え隠れするが、大抵は、カーティンガと呼ばれる低灌木地帯。枯木のように見える灌木は実は生きている。その証拠に、溜め池のような水辺に近い灌木には、ほんのりと若草色の葉がのぞいている。

最初に訪れたのは、ペトロリーナから西へ直線距離で70キロのところにあるヴィニブラジル社(Vinibrasil)。ワイン商のExpand社とボルトガルの醸造会社Dão Sul社のジョイントヴェンチャーで、2000ヘクタールという、気の遠くなるようなサイズの畑を所有している。現在、そのうち200ヘクタールの畑のぶどうからワインが造られている。

醸造家のジョアン・サントス(João Santos)さんに畑を案内していただいた。ヴィニブラジルのぶどう畑は南緯8度線上にある。1年のうち310日が快晴という常夏の地だ。もちろん、太陽の恵みを活かし、1本のぶどうから年に2回収穫している。ただ、常夏とはいえ、1月、2月は、朝晩の温度差がなく曇りがち。一方、3月から8月にかけては、夜の温度が14度まで下がり、朝晩の気温差が大きくなる。このいずれの時期に収穫するかにより、ぶどうの質、アロマ、凝縮感が異なるのだそうだ。もちろん、ぶどうには後者のほうがいい。

もともと、ワインビネガーのメーカーとしてスタートした会社だが、ポルトガルの醸造会社との技術提携により、ワイン造りが始まった。200ヘクタールのぶどう畑に植わっていたのは、全て棚式栽培で、ビネガー用の品種。それらをほぼ全て植え替え、棚式栽培もやめた。現在の、背の高い垣根式栽培法は、ポルトガルのヴィーニョ・ヴェルジ(Vinho Verde)地域などで実践されている方法だという。1ヘクタールあたり約3300本が植えられている。

栽培品種はカベルネソーヴィニヨン、メルロー、シラーが中心だが、他にも、アリカンテ・ブーシェ、トゥーリガ・ナシオナル他24種を、1品種につき6種類の異なる接ぎ木を使用して、試験的に栽培しているところだ。 ジョアンさんによると、この地域で、最も栽培しやすい品種はアラゴネスだそうだ。また、灌漑では、ワイン生産地の理想的な気候を、シュミレーションしている。収穫はほとんどが手摘み。機械収穫の場合には夜に行っている。1本の樹から2度収穫し各区画ごとに収穫期をずらしているので、1年に30回収穫期がある計算になるという。メルローは開花から110日、カベルネソーヴィニヨンは130日から150日目が目安だそうだ。収穫後は45日間放置し、ぶどうの木を休息させてから剪定をはじめる。なんと忙しいことだろう。
  
剪定したばかりの畑、発芽したての畑、青々とした葉が生い茂り、堅い緑の葡萄の房がなっている畑、そして間もなく収穫を迎える畑ー。沢山の季節に囲まれてクラクラする。

醸造所のサロンでテイスティングしたのは、リオソルのグラン・プレスティージ・ロゼの2008年ヴィンテージ。同じく2008年のパラレロ8・クラシコ・ロゼ。2006年のリオソル・ブリュット。2008年産ヴィンニャ・マリアのカベルネソーヴィニヨン、同じく2008年のシラー、そして、2006年のアッサンブラージュ(トゥーリガ・ナシオナル、アラゴネス、アリカンテ・ブーシェ)。爽やかな飲み心地のエスプマンチは、ブラジル人が得意とするところ。完璧に熟したぶどうから得られる、フルーティさの充満した赤もブラジルらしい。ブラジルのワインには、やはりトロピカルという形容詞がぴったりくる。この日味わったワインの数々は、いままで私が飲んだワインの中で、最も赤道に近いところでできたワインのはずだ。


 
ARCHIV

過去のワインエッセイはトップページのアーカイヴからお探しください。