WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
ヴァレ・ドス・ヴィニェドスにある醸造所
瓶熟成のためのセラー
栽培、醸造を担当するアデミールさん
醸造所に近い、ラターダ・アベルタ方式の畑
020「ブラジルワイン紀行 その8 ドン・ラウリンド醸造所(Vinícola Don Laurindo)」
醸造所に着いた時、醸造責任者のアデミール・ブランデッリさんはちょうど表におられた。彼は、最初、東洋からやってきた得体の知れないワインファンである私に戸惑うような視線を投げ掛け、緊張感のうちにテイスティングが始まったが、カーヴで言葉をかわすうち、お互いすっかり打ち解けた。私は、いつの間にか彼の自宅のダイニングキッチンに案内され、楽しくおしゃべりを続けながら、いくつものワインを楽しんだ。2004年2月、収穫間近の昼下がりのことだ。
アデミールさんと話をしているうちに、私は、かつて研修していた、ラインヘッセンのケラー醸造所のクラウスと一緒にいるような気持になってしまい、まるでクラウスと話をするような感じで、彼を質問攻めにしていた。
アデミールさんの祖先もイタリアからの移民だ。出身はヴェローナ近郊のゼヴィオ。彼のひいおじいさんにあたるマルセリーノ・ブランデッリさんが、ブラジルの土を踏んだのは1887年のこと。マルセリーノさんもぶどうを育てていたそうだが、ワイン造りを始めたのはその息子のセーザーさん。1946年のことだった。ヨーロッパ品種から高品質のワインを生産するようになったのは、セーザーさんの息子のラウリンドさんの代から。ラウリンドさんが、アデミールさんら3人の息子たちと、今日ある醸造所を築いたのは1991年になってからだった。
ヴァレ・ドス・ヴィニェドス地域は、イタリア北部の山岳地帯の気候によく似ているそうだ。そのため、ヨーロッパ品種の栽培に非常に適しているという。「夏は暑く、冬は気温が0度まで下がる。この土地の気候はぶどうの栽培に適しているんだ。酸味もほどよく、アロマたっぷりに熟してくれるからね」
ドン・ラウリンド醸造所は、ほとんどのワインを単一品種で醸造している。アッサンブラージュは、赤1種類(タナ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン)、白1種類(シャルドネ、フローラ、リースリング・イタリコ)だけだ。
アデミールさんは、フランス品種のほか、イタリア品種のアンセロッタにも力をいれている。エミーリャ・ロマーナ地方でよく栽培されている品種だそうだ。アンセロッタは色素が多く、色付けに使われるそうだが、アデミールさんは、このワインの持つ豊かな果実味、チョコレートを思わせる濃厚な風味を最大限に引き出そうとしている。
彼は、現在マルベック種も栽培中。マルベックは南半球では、主にアルゼンチンで栽培されている人気品種。かつてはボルドーの主力品種でもあった。現在はフランスでは、もともとの栽培地だったカオール地方他で栽培されている。
アデミールさんは、何年も前に、近所の農家が栽培しているマルベックを食べてみて、そのあまりの美味しさに感動し、栽培を決意したという。その農家はマルベックを大手のアウローラ醸造所に出荷しているのだが、アウローラ醸造所ではマルベックをアッサンブラージュにのみ使っているそうだ。ブラジルでマルベック単一品種のワインをリリースしようとしている醸造家はまだ少ない。
醸造所は、完璧に温度調節され、イタリア直輸入の最新機器が整っているが、アデミールさんはどちらかというと畑の話をしたがった。おじいさんの代まで、イザベル、ボルド、ナイアガラといった品種を植えていたこと、お父さんの代に、これらのアメリカ品種をやめ、主にフランス品種を植え始めたこと。5リットルのガラファオン(壷)入りの大衆ワインの生産をすっかりやめたこと。お父さんが、ヨーロッパ品種による高品質のワインづくりに同意してくれたのは、アデミールさんが何年もかけて、辛抱強く説得したからだったこと。
最初にいただいたのは、シャルドネ70%、リースリング・イタリコ30%のシャンパーニュ製法のエスプマンチ、ブリュット。私の知っているシャンパーニュとは異なる、トロピカルフルーツの香りを感じるエスプマンチは、ブラジルにおける大発見だ。続いて、香り高い白のマルヴァジア・デ・カンディア。ライムやパイナップルの香りにあふれている。アデミールさん曰く、マルヴァジア・デ・カンディアは、5種類あるマルヴァジアの中で一番アロマが豊かなのだそうだ。
2002年の白のアッサンブラージュは、フローラ20%、シャルドネ20%、リースリング・イタリコ60%。フローラは、ゲヴュルツトラミーナとソーヴィニヨン・ブランの交配品種である。このワインは、フレンチオーク樽で4ヶ月熟成させたものだ。「リースリング・イタリコ1品種だけのワインは造らない。リースリング・イタリコ100%にはストラクチャーがないんだ。でもこのアッサンブラージュにはそれがある。リースリング・イタリコが大半を占めているにもかかわらず、フレンチオーク樽熟成にもふさわしい」。しかし、これとて一定のレシピではなく、年によって使用するぶどうの割合は異なるという。自然相手のワインづくりだからこそ、数値ではなく、造り手の味覚がバロメーターとなるのだ。
赤はまず、柔らかなメルロー、そして驚くほどフルーティなカベルネ・ソーヴィニヨンをいただいた。ともに2002年ヴィンテージだ。カベルネ・ソーヴィニヨンは、フルーティな香りとともに、グリーンパプリカのような野菜の香りがするとよく言われる。私は、取材の初日に、ジョルジ・アウヴェール醸造所の庭で、熟しつつあるカベルネ・ソーヴィニヨンを一粒食べたが、確かにその青い香りを感じた。でも、アデミールさんのカベルネ・ソーヴィニヨンには、青い香りはなく、ドライフルーツのような香りのほうが強い。そう言うと、彼の表情がほころんだ。「僕たちの収穫は遅いんだ。近所の醸造所が白を収穫し終わるころに、ようやく最初の収穫をはじめている。だいたい、通常の農家より8日から15日遅れて収穫している。この違いはとても大きいよ。格段に質のいいワインになる。2001年は近隣農家より1ヶ月遅れて収穫をした。どのぶどうも20バボ(100エクスレ)を越えたところで収穫をしているんだ」
続いてタナをいただいた。タナもフランス品種だが、ウルグアイで多く栽培されている。名前が示しているようにタンニンが強く、濃厚感のあるワインに仕上る。
その後、私たちはカーヴを出て、彼の自宅のキッチンに移動し、テイスティングを続けた。この頃には、もうアデミールさんとは旧い友達のような気がしていた。初めていただいたアンセロッタは、深炒りのコーヒーやアーモンドのような香りに心動かされた。見事だったのは、良いヴィンテージだったという2000年につくられた、タナ80%、アンセロッタ20%のアッサンブラージュ。アメリカンオークで2年ちかく熟成したという。辛口なのに、ほんのり甘さが感じられ、ココナッツやカカオの香りが微かに立ちのぼった。「ブラジルワインは世界のどこにもないトロピカルなワインでしょ」アデミールさんがにっこりする。
「テイスティングはこのくらいにして、日が暮れないうちに、畑を見に行こう!」アデミールさんの案内で、醸造所の前に広がる畑に出かけた。アデミールさんの畑はすべて棚式だった。しかし、棚式であるのに、とても明るく、光に満ちあふれている。列をなす棚と棚の空間から青い空が見える。「うちの栽培法はラターダ(棚式)だけど、単なるラターダじゃない。ラターダ・アベルタ(開放型棚式栽培)といって、太陽の光を充分にとりいれられるようにしているんだ。ブラジルでラターダ・アベルタを初めて試みたのは、もしかしたらうちの醸造所じゃないかな」アデミールさんが言う。
ラターダは風雨や日照りからぶどうが守られ、しかも、ぶどうが土から2メートル近く離れた位置に実るので、湿気予防になるなど利点が多い。降水量の多いブラジルで長年好まれて来た栽培法だ。ただ、難点は、太陽光が充分に得られないこと。しかし、アデミールさんたちの実践しているラターダ・アベルタだと、ラターダの長所を全て活かしたまま、太陽の恵みを得ることができる。また、畑の中に風が入り、空気の通りもよくなるという。不思議なものだが、ぶどう畑というのは、ちょっと歩くだけでその主人の心がわかる。アデミールさんの完璧に手入れされた畑は、実に居心地がよく、ぶどうたちも幸せそうに見えた。
ドン・ラウリンド醸造所では、家族が一丸となってワインづくりにいそしんでいる。畑の世話をしているのは、いまだ現役のラウリンドさんとアデミールさんの兄弟たちだ。「うちでは、家族みんなで協力してワインを造っているんだ。うちの信条は、さっさと収穫しないこと。ゆっくり、ディティールを大事にしながら、ぶどうを育てて行く。これこそが職人技だと思う。君の仕事もそうだろう?」アデミールさんと意気投合した瞬間だった。
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醸造所に着いた時、醸造責任者のアデミール・ブランデッリさんはちょうど表におられた。彼は、最初、東洋からやってきた得体の知れないワインファンである私に戸惑うような視線を投げ掛け、緊張感のうちにテイスティングが始まったが、カーヴで言葉をかわすうち、お互いすっかり打ち解けた。私は、いつの間にか彼の自宅のダイニングキッチンに案内され、楽しくおしゃべりを続けながら、いくつものワインを楽しんだ。2004年2月、収穫間近の昼下がりのことだ。
アデミールさんと話をしているうちに、私は、かつて研修していた、ラインヘッセンのケラー醸造所のクラウスと一緒にいるような気持になってしまい、まるでクラウスと話をするような感じで、彼を質問攻めにしていた。
アデミールさんの祖先もイタリアからの移民だ。出身はヴェローナ近郊のゼヴィオ。彼のひいおじいさんにあたるマルセリーノ・ブランデッリさんが、ブラジルの土を踏んだのは1887年のこと。マルセリーノさんもぶどうを育てていたそうだが、ワイン造りを始めたのはその息子のセーザーさん。1946年のことだった。ヨーロッパ品種から高品質のワインを生産するようになったのは、セーザーさんの息子のラウリンドさんの代から。ラウリンドさんが、アデミールさんら3人の息子たちと、今日ある醸造所を築いたのは1991年になってからだった。
ヴァレ・ドス・ヴィニェドス地域は、イタリア北部の山岳地帯の気候によく似ているそうだ。そのため、ヨーロッパ品種の栽培に非常に適しているという。「夏は暑く、冬は気温が0度まで下がる。この土地の気候はぶどうの栽培に適しているんだ。酸味もほどよく、アロマたっぷりに熟してくれるからね」
ドン・ラウリンド醸造所は、ほとんどのワインを単一品種で醸造している。アッサンブラージュは、赤1種類(タナ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン)、白1種類(シャルドネ、フローラ、リースリング・イタリコ)だけだ。
アデミールさんは、フランス品種のほか、イタリア品種のアンセロッタにも力をいれている。エミーリャ・ロマーナ地方でよく栽培されている品種だそうだ。アンセロッタは色素が多く、色付けに使われるそうだが、アデミールさんは、このワインの持つ豊かな果実味、チョコレートを思わせる濃厚な風味を最大限に引き出そうとしている。
彼は、現在マルベック種も栽培中。マルベックは南半球では、主にアルゼンチンで栽培されている人気品種。かつてはボルドーの主力品種でもあった。現在はフランスでは、もともとの栽培地だったカオール地方他で栽培されている。
アデミールさんは、何年も前に、近所の農家が栽培しているマルベックを食べてみて、そのあまりの美味しさに感動し、栽培を決意したという。その農家はマルベックを大手のアウローラ醸造所に出荷しているのだが、アウローラ醸造所ではマルベックをアッサンブラージュにのみ使っているそうだ。ブラジルでマルベック単一品種のワインをリリースしようとしている醸造家はまだ少ない。
醸造所は、完璧に温度調節され、イタリア直輸入の最新機器が整っているが、アデミールさんはどちらかというと畑の話をしたがった。おじいさんの代まで、イザベル、ボルド、ナイアガラといった品種を植えていたこと、お父さんの代に、これらのアメリカ品種をやめ、主にフランス品種を植え始めたこと。5リットルのガラファオン(壷)入りの大衆ワインの生産をすっかりやめたこと。お父さんが、ヨーロッパ品種による高品質のワインづくりに同意してくれたのは、アデミールさんが何年もかけて、辛抱強く説得したからだったこと。
最初にいただいたのは、シャルドネ70%、リースリング・イタリコ30%のシャンパーニュ製法のエスプマンチ、ブリュット。私の知っているシャンパーニュとは異なる、トロピカルフルーツの香りを感じるエスプマンチは、ブラジルにおける大発見だ。続いて、香り高い白のマルヴァジア・デ・カンディア。ライムやパイナップルの香りにあふれている。アデミールさん曰く、マルヴァジア・デ・カンディアは、5種類あるマルヴァジアの中で一番アロマが豊かなのだそうだ。
2002年の白のアッサンブラージュは、フローラ20%、シャルドネ20%、リースリング・イタリコ60%。フローラは、ゲヴュルツトラミーナとソーヴィニヨン・ブランの交配品種である。このワインは、フレンチオーク樽で4ヶ月熟成させたものだ。「リースリング・イタリコ1品種だけのワインは造らない。リースリング・イタリコ100%にはストラクチャーがないんだ。でもこのアッサンブラージュにはそれがある。リースリング・イタリコが大半を占めているにもかかわらず、フレンチオーク樽熟成にもふさわしい」。しかし、これとて一定のレシピではなく、年によって使用するぶどうの割合は異なるという。自然相手のワインづくりだからこそ、数値ではなく、造り手の味覚がバロメーターとなるのだ。
赤はまず、柔らかなメルロー、そして驚くほどフルーティなカベルネ・ソーヴィニヨンをいただいた。ともに2002年ヴィンテージだ。カベルネ・ソーヴィニヨンは、フルーティな香りとともに、グリーンパプリカのような野菜の香りがするとよく言われる。私は、取材の初日に、ジョルジ・アウヴェール醸造所の庭で、熟しつつあるカベルネ・ソーヴィニヨンを一粒食べたが、確かにその青い香りを感じた。でも、アデミールさんのカベルネ・ソーヴィニヨンには、青い香りはなく、ドライフルーツのような香りのほうが強い。そう言うと、彼の表情がほころんだ。「僕たちの収穫は遅いんだ。近所の醸造所が白を収穫し終わるころに、ようやく最初の収穫をはじめている。だいたい、通常の農家より8日から15日遅れて収穫している。この違いはとても大きいよ。格段に質のいいワインになる。2001年は近隣農家より1ヶ月遅れて収穫をした。どのぶどうも20バボ(100エクスレ)を越えたところで収穫をしているんだ」
続いてタナをいただいた。タナもフランス品種だが、ウルグアイで多く栽培されている。名前が示しているようにタンニンが強く、濃厚感のあるワインに仕上る。
その後、私たちはカーヴを出て、彼の自宅のキッチンに移動し、テイスティングを続けた。この頃には、もうアデミールさんとは旧い友達のような気がしていた。初めていただいたアンセロッタは、深炒りのコーヒーやアーモンドのような香りに心動かされた。見事だったのは、良いヴィンテージだったという2000年につくられた、タナ80%、アンセロッタ20%のアッサンブラージュ。アメリカンオークで2年ちかく熟成したという。辛口なのに、ほんのり甘さが感じられ、ココナッツやカカオの香りが微かに立ちのぼった。「ブラジルワインは世界のどこにもないトロピカルなワインでしょ」アデミールさんがにっこりする。
「テイスティングはこのくらいにして、日が暮れないうちに、畑を見に行こう!」アデミールさんの案内で、醸造所の前に広がる畑に出かけた。アデミールさんの畑はすべて棚式だった。しかし、棚式であるのに、とても明るく、光に満ちあふれている。列をなす棚と棚の空間から青い空が見える。「うちの栽培法はラターダ(棚式)だけど、単なるラターダじゃない。ラターダ・アベルタ(開放型棚式栽培)といって、太陽の光を充分にとりいれられるようにしているんだ。ブラジルでラターダ・アベルタを初めて試みたのは、もしかしたらうちの醸造所じゃないかな」アデミールさんが言う。
ラターダは風雨や日照りからぶどうが守られ、しかも、ぶどうが土から2メートル近く離れた位置に実るので、湿気予防になるなど利点が多い。降水量の多いブラジルで長年好まれて来た栽培法だ。ただ、難点は、太陽光が充分に得られないこと。しかし、アデミールさんたちの実践しているラターダ・アベルタだと、ラターダの長所を全て活かしたまま、太陽の恵みを得ることができる。また、畑の中に風が入り、空気の通りもよくなるという。不思議なものだが、ぶどう畑というのは、ちょっと歩くだけでその主人の心がわかる。アデミールさんの完璧に手入れされた畑は、実に居心地がよく、ぶどうたちも幸せそうに見えた。
ドン・ラウリンド醸造所では、家族が一丸となってワインづくりにいそしんでいる。畑の世話をしているのは、いまだ現役のラウリンドさんとアデミールさんの兄弟たちだ。「うちでは、家族みんなで協力してワインを造っているんだ。うちの信条は、さっさと収穫しないこと。ゆっくり、ディティールを大事にしながら、ぶどうを育てて行く。これこそが職人技だと思う。君の仕事もそうだろう?」アデミールさんと意気投合した瞬間だった。