WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
 
 
017「ブラジルワイン紀行5 カサ・ヴァルドゥーガ(Casa Valduga)」

2004年の収穫期が始まったばかりの2月、私は通訳のダグラスと、カサ・ヴァルドゥーガ醸造所のレストランでランチを食べていた。醸造所の直営レストランは、カントリースタイルで、醸造責任者のジョアン・ヴァルドゥーガさん自ら、メニューの解説に来てくださった。

「このレストランのメニューは決まっているから、座れば勝手に出てくるんだ。でもワインはこれ、1999年のカベルネ・フランを選んだよ」。実にふくよかで美味しいカベルネフランをいただいていると、カペレッティのスープ、ハディッチのサラダ、ポレンタ、タリアテッレとチキントマトソース、スパゲッティとほうれんそうのクリームソース、ポークのグリル、そして、サグ・コン・クレームというデザートが次々に出てくる。

なぜジョアンさんはカベルネフランをあけてくれたのか。それには理由があった。カサ・ヴァルドゥーガ醸造所は、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの陰になり、あまり注目されなかったカベルネフランを懸命に栽培し、ブラジルにおけるカベルネフランの可能性に挑戦し続けて来たのである。なぜカベルネフランだったのかというと、ワイナリーを創業したルイスさんが大好きなぶどうだからという理由だ。

ヴァルドゥーガ家がブラジルにやってきたのは1875年。一家はすでに1950年代からワインを造っていたそうだが、1973年にカサ・ヴァルドゥーガ醸造所を創業し、本格的なワイン造りをはじめたのは、3代目のルイスさんだ。ルイスさんは1976年からハイレベルのワインづくりに取り組みはじめ、まず最初に大好きなカベルネフランを植えた。カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを植えたのは90年代に入ってからである。

1992年には、早くもレストランやポウサーダをオープン。カサ・ヴァルドゥーガ醸造所は、ブラジルで最も早くアグリトゥーリズモの環境を整えたワイナリーとして知られている。彼らは自らの醸造所を「アグリヴィニコラ」と呼んでいる。

カサ・ヴァルドゥーガ醸造所は、所有畑約100ヘクタールの家族経営のワイナリーだ。畑の半分はヴァレ・ドス・ヴィニェドスに、そしてもう半分はリオ・グランジ・ド・スル州の中南部、エンクルジリャーダ・ド・スルにあるが、こちらの畑は当時まだ整備中だっで、ワインはヴァレ・ドス・ヴィニェドス地域のぶどうからだけ生産していた。

レストランの隣には、「カサ・デ・マデイラ」という食品店があった。ここも、カサ・ヴァルドゥーガ醸造所の経営で、カサ・デ・マデイラ・ブランドの高品質のジャムやゼリー、コンコルド種やイザベル種から造ったぶどうジュースやカベルネ・ソーヴィニヨンから造ったバルサミコ酢などを販売している。

「カサ・デ・マデイラ」から少し西にいったところに醸造所はあった。私達が到着した時は、ちょうど収穫したばかりのモスカテルがトラックで運ばれて来たところだった。ルイスさんがトラックの傍であれこれ指示をしている。当時80歳でなお現役、カサ・ヴァルドゥーガ醸造所の「顔」だ。

ヴァレ・ドス・ヴィニェドス地域の年間平均気温は17度。カサ・ヴァルドゥーガ醸造所の畑は海抜600メートル。気候は決してトロピカルではなく、冬にはマイナス3度まで気温が下がる日もあるそうだ。そして湿度が高い。夏の終わりに、雨が沢山降るので、雨が終わるのを待っての収穫となる。栽培法は、棚式から垣根式に徐々に変更しつつあるところ。カサ・ヴァルドゥーガ醸造所では、間引きをし、葉を取り除くという作業を重視しているが、それでも収穫量はまだ1ヘクタールあたり100ヘクトリットル。ただ、2000年のエクセレント・グランレゼルヴァのように、優れた年にだけ生産するワインは、80ヘクトリットル程度に落としている。

醸造所内ではすでに、シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、そしてマルヴァジアが発酵中だった。この日収穫したモスカテルはエスプマンチとなる。最新設備の整った醸造所は、見せるために造られたようで、ステンドグラスが美しく、まるで教会堂のようだ。表で再会したルイスさんは「2004年は雨量が適度だったから、とてもいいヴィンテージになりそうだよ」と満足そうだった。

カサ・ヴァルドゥーガ醸造所の当時のラインナップは、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネフラン、メルロー、タナ、ピノ・ノワール、シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、リースリング・イタリコ、ゲヴュルツトラミーナ。また、シャルドネやピノ・ノワールから造るシャンパーニュ製法のエスプマンチにも力をいれている。テイスティングした2002年のピノ・ノワールは、その濃い色彩とコクに驚い。ブラン・デ・ノワールのエスプマンチ用ベースワインをプレスしたあとの、まだ色素やタンニンや味覚成分のたっぷり残っている果皮を、醸し発酵の際に加えたのだそうだ。

「このところ、ぶどうが成熟する12月頃の気候が、おかしなくらいに寒い。本当なら、もっと早い時期に収穫できるんだけれど、収穫シーズンはどんどん遅れているんだよ」そうジョアンさんが言っていたが、ドイツでは逆に、ぶどうの成熟する時期が異常に暑く、収穫期は早くなっている。地球の気候の変化は、地域的にこんなにも状況が違うのだ。

それから4年後、再び醸造所を訪れた。2008年8月、真冬の訪問だった。醸造所のゲートをくぐった瞬間、私にはそこが4年前に訪れた同じ醸造所だとは思えなかった。現代建築の教会堂のような醸造所の建物は、以前の何倍かのサイズで完成しており、かつて訪れた本部の建物は、新醸造所の脇に目立たずひっそりと建っている。壮観は瓶熟成中のワインや、瓶内二次発酵後のエスプマンチのボトルが並ぶ巨大なカーヴだ。

ルイスさんの姿はなく、エリエルソ、フアレス、ジョアン三兄弟が醸造所の経営にあたっておられた。宿泊施設も新設のレストランも洗練され、ヴィラ・ヴァルドゥーガ(Villa Valduga)というリゾート施設になってる。新しくオープンしたレストランで、お料理をいただきながら、2005年と2006年ヴィンテージのワインを味わった。サラダに合わせて供された、2006年産シャルドネのグランレゼルヴァは、パイナップルやカランボーラ(スターフルーツ)の風味。ペンネ&チリ産のきのこのソースに合わせた、ピノ・ノワールとシラーのブレンドワイン「デュエット(Duetto)」は、赤い果実のアロマが豊かな赤。ピノ・ノワールとシラーの組み合わせなんて、ブラジルでしか出会わないだろう。そのボトルが空く頃には、2005年産のカベルネフラン、プレミウムが注がれた。カサ・ヴァルドゥーガ醸造所にとって、大切な品種だ。

メインの牛肉の煮込みヴァルドゥーガ風ポレンタ添えには2005年のカベルネソーヴィニヨン、プレミウム、デザートのバナナクレープにはモスカテル、プレミウムが合わせられた。食後のグラッパもポートワインなどのディジェスティヴもオリジナルだ。優雅なレストランにいると、ブラジルにいることを忘れてしまう。

醸造所の発展を嬉しく思いながらも、4年前の食堂風レストランのおまかせランチと、素朴な味わいのカベルネフランがなんだか懐かしかった。それにしても、たったの4年前にこんなにも郷愁を感じるなんて、ブラジルワインの発展には、ちょっと怖いくらいのスピードがある。

 
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