WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
醸造責任者のフィリップ・メヴェルさん(左)とクラウディオ・カッターニさん
ガリバルディにある醸造所外観
栽培法はリラ式の変型
コンクリートタンクの並ぶセラー
エスプマンチのコレクション
023「ブラジルワイン紀行 その11 シャンドン・ド・ブラジウ(Chandon do Brasil)」
シャンドン・ド・ブラジウは、ルイ・ヴィトン・グループのモエ・エ・シャンドン社が1973年にブラジルに創業したエスプマンチ専門の醸造所だ。
エペルネのモエ・エ・シャンドン社は、観光地として楽しめる醸造所だが、シャンドン・ド・ブラジウは、全く観光地化されていない。訪れたのは、2004年の2月(昔の話ですみません)。社の玄関で迎えてくださったのは、かつては生産に携わっておられ、取材当時は対外交渉を担当しておられたクラウディオ・カッターニさんだ。
「うちの商品は5種類だけ。それを全てシャルマ製法で生産しています。シャンドン・ド・ブラジウはブラジルの会社。トロピカルな国のためのトロピカルなエスプマンチを生産しているんですよ」。その一言に、明確な企業方針が読めた。モエ・エ・シャンドン社はブラジル進出した当初は、ワインとスパークリングワインの両方の生産を計画していたそうだが、その後、方針を変え、1998年からはスパークリングワインのみ生産している。
クラウディオさんはたびたび「セハ・ガウシャはエスプマンチのための大地」とおっしゃる。そして、モエ・エ・シャンドンのブラジル進出理由には、経済的な関心と同じくらい、職人的な関心が高いという。それは、ブラジルの大地で、高品質のスパークリングワインができるかどうかを試みる、ひとつの冒険なのだ。
5種類のエスプマンチはそれぞれ、シャンドン・ブリュット(Chandon Brut)、シャンドン・デミセック(Chandon Demi sec)、シャンドン・パッション(Chandon Passion)、エクセレンス・ブリュット・レセルヴェ(Excellence Brut Réserve)、そしてシャンドン・ルージュ(Chandon Rouge)という名で展開している。
ブリュットとデミセックは、70年代後半から生産しているもので、ともにリースリング・イタリコ(ヴェルシリースリング)、シャルドネ、ピノ・ノワールをあわせたもの。パッションはデミセックと同じ残糖量(35g/l)だが、ピノ・ノワール、マルヴァジア・ブランカ、マルヴァジア・デ・カンディア、モスカート・カネリなどをブレンドしたロゼで、よりフルーティな味わい。エクセレンス・ブリュット・レセルヴェはシャルドネとピノ・ノワールのブレンドで、シャンドン・ブリュットよりもドライな味わい。この2つは1998年に誕生した商品だ。3年間の試行錯誤を経て、2001年にリリースされたルージュはその名の通り、濃い赤のドライはエスプマンチ。ピノ・ノワール、メルロー、カベルネソーヴィニヨンをあわせたものだ。
「どのエスプマンチも、とってもブラジル的。ブラジル人のライフスタイルや食生活に合わせて生産している。ブリュットは何にでもあうオールラウンドなエスプマンチ、デミセックはチーズにぴったり、パッションは甘口のデザートに、エクセレンス・ブリュット・レゼルヴァは魚介類に、そして、ルージュはチュラスコ(ブラジリアンBBQ)にぴったりなんだ」。クラウディオさんは、時々、英語で「ヴェリー・ブラジリアン!」と連発する。
シャンドン・ド・ブラジウが世界的な注目を浴びるようになったのは、エクセレンス・ブリュット・レゼルヴァの商品化以後である。この商品が、セハ・ガウシャ地方の土壌のポテンシャルを世界に知らしめた。そして今や、ガリバルディはエスプマンチの大地とまで言われるほどになっている。
「中くらいのレベルのベースワインをシャンパーニュ製法で醸造するよりは、最高レベルのベースワインをシャルマ製法で」という考えのもとに、シャンドン・ド・ブラジウは全ての商品をシャルマ製法で生産しているが、ベースワインに酵母と砂糖を加え、圧力タンクの中で4ヶ月から9ヶ月かけて二次発酵を行い、その後ボトルで3ヶ月熟成させてから出荷している。ベースワイン用の酵母も、二次発酵用の酵母もフランスの酵母をブラジルで純粋培養しているそうだ。
シャンドン・ド・ブラジウのスプマンチに、シャンパンのようなバロックな味わいはない。クリーンな曇りのない味。ブラジルの輝く太陽と青い空のようなブリリアントな味。彼らのエスプマンチから感じられるのはそんな味だ。完璧な果汁を得るため、シャンパン専用の最新の圧搾機を導入し、ベースワインの生産には、70年代のコンクリートタンクを大切に使っている。派手な投資はせず、古いものを活かしながら着実に歩む、誠実な会社の精神を感じた。
フランスから派遣された、醸造責任者のフィリップ・メヴェルさんも、多忙な時間を縫って、会ってくださった。フィリップさんは80年代にまずアルゼンチンのシャンドン社に派遣され、1990年にブラジルに転勤。その後、ブラジル人女性と結婚し、生涯ブラジルに留まる決意をしたという。「ブラジリアン・エスプマンチ、ヴェリー・トロピカーウ!」クラウディオさんもフィリップさんも、とても陽気だ。二人とも、フランスの模倣は必要ない、ブラジルでしかできないものを世に送り出したい、と胸を張る。
シャンドン・ド・ブラジウの自社畑は30ヘクタールで、ベースワインの20%ぶんだ。残り80%ぶんは提携農家のぶどうを購入している。提携農家もほとんどが垣根式栽培で、シャンドン・ド・ブラジウのテクニカルサポートを受けてぶどう造りをしている。
クラウディオさんは、「基本は優れたぶどうを収穫すること」と言い、収穫は当然手作業だ。「シャンドン・ド・ブラジウの企業哲学は、収穫されたぶどうにぴったりのベースワイン、そしてスパークリングワインをつくること、ワインのもつ自然の力を活かすこと、衛生上のコントロールを厳密にすること、そして最高のセパージュを行うこと」と続ける。
クラウディオさんと醸造所に近い畑を歩いた。垣根式だが、どこかが違う。よく見ると、垣根が二重になっているのだ。垣根を支えるポールがV字型に2本立てられ、ぶどうは、2つあるフェンスに交互にはわせるという、リラ式栽培法の変型だ。「これは18年前にうちのチームが考案した栽培法。これだと、通常の垣根栽培より、ぶどうの収穫量が20%増えるけれど、そのクオリティには差がない上、畑にも木にも余計な負担がかからない」。ブラジルの土壌のポテンシャルと気候は、やっぱりヨーロッパとは違うのだ。
エスプマンチ用のベースワインは早めに収穫しなければならないが、シャンドン・ド・ブラジウでは18バボ(90エクスレ)を理想値として収穫。2月15日までに白の収穫を終え、3月15日までに赤の収穫を終えると言う。
シャンドン・ド・ブラジウはシャルマ製法100%とは言うものの、実は、実験用にシャンパーニュ製法のものも、少量生産している。もちろん、シャルマ製法とシャンパーニュ製法の違いをチェックするためだ。そこまでやった上で、やはりシャルマ製法を選択しているのである。毎年の比較テイスティングの時、スタッフ全員が、シャルマ製法の方が、シャンパーニュ製法よりも美味しく感じる、という結論に達しているそうだ。風土の違いなのだろう。とはいえ、「これまではずっとシャルマ製法が優っていた。でも将来どうなるか、こればかりはわからないね」という。考え方は柔軟だ。
「シャンパンのように、ピノ・ムニエをブレンドするつもりはない。僕たちはリースリング・イタリコをピノ・ムニエの代わりにブレンドする。ブラジルのエスプマンチは、あくまでブラジル的な製品、ブラジル人の口にあう商品でなければならないからね。「問題はブラジルの酒税が非常に高いこと。ワインは17%だが、エスプマンチは40%。価格を落とせないのが唯一の悩みなんだ」。
テイスティングの後で、クラウディオさんに「どれが一番気に入った?」と聞かれた。私は迷うことなく、ルージュと答えた。カベルネソーヴィニヨンとメルローとピノ・ノワールの饗宴。独創的で、ラブリーで、ブラジルでしか味わえない「トロピカル」なエスプマンチだったからだ。クラウディオさんが「恋人と飲むのに最高でしょ」と言って笑った。
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シャンドン・ド・ブラジウは、ルイ・ヴィトン・グループのモエ・エ・シャンドン社が1973年にブラジルに創業したエスプマンチ専門の醸造所だ。
エペルネのモエ・エ・シャンドン社は、観光地として楽しめる醸造所だが、シャンドン・ド・ブラジウは、全く観光地化されていない。訪れたのは、2004年の2月(昔の話ですみません)。社の玄関で迎えてくださったのは、かつては生産に携わっておられ、取材当時は対外交渉を担当しておられたクラウディオ・カッターニさんだ。
「うちの商品は5種類だけ。それを全てシャルマ製法で生産しています。シャンドン・ド・ブラジウはブラジルの会社。トロピカルな国のためのトロピカルなエスプマンチを生産しているんですよ」。その一言に、明確な企業方針が読めた。モエ・エ・シャンドン社はブラジル進出した当初は、ワインとスパークリングワインの両方の生産を計画していたそうだが、その後、方針を変え、1998年からはスパークリングワインのみ生産している。
クラウディオさんはたびたび「セハ・ガウシャはエスプマンチのための大地」とおっしゃる。そして、モエ・エ・シャンドンのブラジル進出理由には、経済的な関心と同じくらい、職人的な関心が高いという。それは、ブラジルの大地で、高品質のスパークリングワインができるかどうかを試みる、ひとつの冒険なのだ。
5種類のエスプマンチはそれぞれ、シャンドン・ブリュット(Chandon Brut)、シャンドン・デミセック(Chandon Demi sec)、シャンドン・パッション(Chandon Passion)、エクセレンス・ブリュット・レセルヴェ(Excellence Brut Réserve)、そしてシャンドン・ルージュ(Chandon Rouge)という名で展開している。
ブリュットとデミセックは、70年代後半から生産しているもので、ともにリースリング・イタリコ(ヴェルシリースリング)、シャルドネ、ピノ・ノワールをあわせたもの。パッションはデミセックと同じ残糖量(35g/l)だが、ピノ・ノワール、マルヴァジア・ブランカ、マルヴァジア・デ・カンディア、モスカート・カネリなどをブレンドしたロゼで、よりフルーティな味わい。エクセレンス・ブリュット・レセルヴェはシャルドネとピノ・ノワールのブレンドで、シャンドン・ブリュットよりもドライな味わい。この2つは1998年に誕生した商品だ。3年間の試行錯誤を経て、2001年にリリースされたルージュはその名の通り、濃い赤のドライはエスプマンチ。ピノ・ノワール、メルロー、カベルネソーヴィニヨンをあわせたものだ。
「どのエスプマンチも、とってもブラジル的。ブラジル人のライフスタイルや食生活に合わせて生産している。ブリュットは何にでもあうオールラウンドなエスプマンチ、デミセックはチーズにぴったり、パッションは甘口のデザートに、エクセレンス・ブリュット・レゼルヴァは魚介類に、そして、ルージュはチュラスコ(ブラジリアンBBQ)にぴったりなんだ」。クラウディオさんは、時々、英語で「ヴェリー・ブラジリアン!」と連発する。
シャンドン・ド・ブラジウが世界的な注目を浴びるようになったのは、エクセレンス・ブリュット・レゼルヴァの商品化以後である。この商品が、セハ・ガウシャ地方の土壌のポテンシャルを世界に知らしめた。そして今や、ガリバルディはエスプマンチの大地とまで言われるほどになっている。
「中くらいのレベルのベースワインをシャンパーニュ製法で醸造するよりは、最高レベルのベースワインをシャルマ製法で」という考えのもとに、シャンドン・ド・ブラジウは全ての商品をシャルマ製法で生産しているが、ベースワインに酵母と砂糖を加え、圧力タンクの中で4ヶ月から9ヶ月かけて二次発酵を行い、その後ボトルで3ヶ月熟成させてから出荷している。ベースワイン用の酵母も、二次発酵用の酵母もフランスの酵母をブラジルで純粋培養しているそうだ。
シャンドン・ド・ブラジウのスプマンチに、シャンパンのようなバロックな味わいはない。クリーンな曇りのない味。ブラジルの輝く太陽と青い空のようなブリリアントな味。彼らのエスプマンチから感じられるのはそんな味だ。完璧な果汁を得るため、シャンパン専用の最新の圧搾機を導入し、ベースワインの生産には、70年代のコンクリートタンクを大切に使っている。派手な投資はせず、古いものを活かしながら着実に歩む、誠実な会社の精神を感じた。
フランスから派遣された、醸造責任者のフィリップ・メヴェルさんも、多忙な時間を縫って、会ってくださった。フィリップさんは80年代にまずアルゼンチンのシャンドン社に派遣され、1990年にブラジルに転勤。その後、ブラジル人女性と結婚し、生涯ブラジルに留まる決意をしたという。「ブラジリアン・エスプマンチ、ヴェリー・トロピカーウ!」クラウディオさんもフィリップさんも、とても陽気だ。二人とも、フランスの模倣は必要ない、ブラジルでしかできないものを世に送り出したい、と胸を張る。
シャンドン・ド・ブラジウの自社畑は30ヘクタールで、ベースワインの20%ぶんだ。残り80%ぶんは提携農家のぶどうを購入している。提携農家もほとんどが垣根式栽培で、シャンドン・ド・ブラジウのテクニカルサポートを受けてぶどう造りをしている。
クラウディオさんは、「基本は優れたぶどうを収穫すること」と言い、収穫は当然手作業だ。「シャンドン・ド・ブラジウの企業哲学は、収穫されたぶどうにぴったりのベースワイン、そしてスパークリングワインをつくること、ワインのもつ自然の力を活かすこと、衛生上のコントロールを厳密にすること、そして最高のセパージュを行うこと」と続ける。
クラウディオさんと醸造所に近い畑を歩いた。垣根式だが、どこかが違う。よく見ると、垣根が二重になっているのだ。垣根を支えるポールがV字型に2本立てられ、ぶどうは、2つあるフェンスに交互にはわせるという、リラ式栽培法の変型だ。「これは18年前にうちのチームが考案した栽培法。これだと、通常の垣根栽培より、ぶどうの収穫量が20%増えるけれど、そのクオリティには差がない上、畑にも木にも余計な負担がかからない」。ブラジルの土壌のポテンシャルと気候は、やっぱりヨーロッパとは違うのだ。
エスプマンチ用のベースワインは早めに収穫しなければならないが、シャンドン・ド・ブラジウでは18バボ(90エクスレ)を理想値として収穫。2月15日までに白の収穫を終え、3月15日までに赤の収穫を終えると言う。
シャンドン・ド・ブラジウはシャルマ製法100%とは言うものの、実は、実験用にシャンパーニュ製法のものも、少量生産している。もちろん、シャルマ製法とシャンパーニュ製法の違いをチェックするためだ。そこまでやった上で、やはりシャルマ製法を選択しているのである。毎年の比較テイスティングの時、スタッフ全員が、シャルマ製法の方が、シャンパーニュ製法よりも美味しく感じる、という結論に達しているそうだ。風土の違いなのだろう。とはいえ、「これまではずっとシャルマ製法が優っていた。でも将来どうなるか、こればかりはわからないね」という。考え方は柔軟だ。
「シャンパンのように、ピノ・ムニエをブレンドするつもりはない。僕たちはリースリング・イタリコをピノ・ムニエの代わりにブレンドする。ブラジルのエスプマンチは、あくまでブラジル的な製品、ブラジル人の口にあう商品でなければならないからね。「問題はブラジルの酒税が非常に高いこと。ワインは17%だが、エスプマンチは40%。価格を落とせないのが唯一の悩みなんだ」。
テイスティングの後で、クラウディオさんに「どれが一番気に入った?」と聞かれた。私は迷うことなく、ルージュと答えた。カベルネソーヴィニヨンとメルローとピノ・ノワールの饗宴。独創的で、ラブリーで、ブラジルでしか味わえない「トロピカル」なエスプマンチだったからだ。クラウディオさんが「恋人と飲むのに最高でしょ」と言って笑った。