BACK TO HAMBURG 追憶のハンブルク・未知のドイツ
 
 
011「アートするストリート クロスターヴァル」

1984年の秋から1985年の春にかけて、ケルンに住んでいた。まだベルリンの壁が超然と存在し、当時のケルン、そしてデュッセルドルフは、現代美術の最先端を進んでいた。

当時、ケルンやデュッセルドルフのギャラリーで頻繁に目にしたのは、ノイエ・ヴィルデ(Neue Wilde)と称されたペインティングだった。ヴァルター・ダーン、ジリ=ゲオルグ・ドコピルいった画家たちの色彩が、カンバスの上で暴れていた。でも私は、過激なペインティングより、存在感のあるインスタレーションに感覚を揺すぶられた。とりわけ、ヨーゼフ・ボイス、ナム・ジュン・パイク、アンセルム・キーファー、レベッカ・ホーンといった作家たちが魅力的だった。

振り返ってみれば、神戸での雑誌記者時代、美術欄を担当していた頃も、平面を徐々に飛び出し、空間において何かを表現しようとするアーティストに惹かれた。例えば、河口龍夫、松谷武判、植松奎二といった作家たちだ。植松さんは、あの頃デュッセルドルフを拠点にしておられ、神戸に一時帰国されていた時に取材を通じて知り合った。80年代半ばにデュッセルドルフで見た展覧会のいくつかは、植松さんに連れて行ってもらったもので、彼の解説は、最良の「現代美術講座」だった。

今でも時折、あの頃のケルンやデュッセルドルフの熱気を思い出す。当時、真っ白な気持ちで見た数々の作品は、今の自分にいろいろな形で影響を与えているはずだ。発想の転換、思いがけない視点、何でもないものの美しさ、細かな職人仕事・・・。現代美術の与えてくれるイメージは意外にも広く、豊かで、驚きに溢れ、個々の作品は人間の喜びと悲哀、苦悩と思考に満ちているー。

その後、現代美術とはあまり縁のない生活をしていたのだが、2002年に佐藤幹子さんが、ギャラリー「MIKIKO SATO GALLERY」(旧CAI)をオープンされてから、時々そこへ足を運ぶようになった。佐藤さんが企画するのは、日本の現代美術作家展のみ。ドイツにおいては異色のこのギャラリーで、私は再び、現代の日本の作家たちの愛すべき仕事に触れるチャンスを得た。例えば、風に絵筆を託して作品を描かせるウエダリクオさん、「凹み」というコンセプトを掲げ、路上や壁などの壊れたへこみから、思いもよらぬ形状を取り出し、工業製品のように立体化する谷口顕一郎さん、何トンもの塩で立体を築き、何キロもの塩で地面に迷宮を描き、桜吹雪を散らす山本基さん・・・。

彼女のギャラリーは中央駅南側のクロスターヴァル(Klosterwall)13番地のギャラリーハウス内にある。ここから港の方へ歩いてゆくと、角の23番地にクンストフェアアイン(Kunstverein)が、横断歩道を渡ると展覧会場ダイヒトアハレ(Deichtorhalle)がある。

佐藤さんのギャラリーから、中央駅方面へ向かう途中には、コンサート会場として知られるマルクトハレ(Markthalle)、そして「フライターク(Freitag)」というブランドの鞄屋がある。スイスのフライターク兄弟が1993年に売り始めた鞄は、すべてトラックの幌と自転車のタイヤ、そしてシートベルトを利用した1点もの。このフラッグシップ・ショップはディスプレイも面白く、ギャラリーみたいな空間だ。

右手のアルトマン橋(Altmannbrücke)を渡ると、東洋美術も充実している工芸美術館(Museum für Kunst und Gewerbe)があり、中央駅前を通り過ぎた向こうには、クンストハレ(Kunsthalle)と現代美術ギャラリー(Galerie der Gegenwart)がある。クロスターヴァルはまさにアートストリート。欧米のアートを楽しむ合間に、工芸美術館の東洋コレクションや佐藤さんのギャラリーで、日本の過去と現在のアートに触れ、西洋と東洋を行ったり来たりすることができる。
 
ARCHIV