TRANS・BRASIL ブラジル往復
 
 
007「サンパウロの小さな離島 カラピクイバ」

ここ数年、サンパウロに滞在するときは、カラピクイバにある友人宅に居候することが多くなった。1週間くらいの短期滞在であれば、中心街の安宿にでも泊まり、フットワークよく都心を動き回りたいのだが、その友人にサンパウロへ行くことが知れてしまうと、決してホテルに泊まらせてくれない。そんなわけで、ここ数年、カラピクイバは、私のサンパウロでの拠点になっている。

カラピクイバは、かつて住んでいたオサスコより、さらに西に位置するサンパウロ州内の独立した町だ。人口は約40万人。面積は、東京・葛飾区とほぼ同じくらい。「カラピクイバ」とは南米インディオの言語、トゥピ・グアラニー語で、食べられない魚とか、腐敗した樹木など、いろいろな意味がある。(2例とも、何だか残念な意味だ。かつてどんなところだったのだろう?)CPTMのカラピクイバ駅から続いている窮屈な市街地をすっかり抜けると、緑も豊かで、のどかな風景が広がる。友人の家のあるあたりは、目を細めて眺めると、トスカーナ地方の風景に似ていなくもない。

友人夫婦は、それぞれ1台ずつ車を持ち、毎日、別々に都心へ出勤している。そんなわけで、私には、電車やバスを乗り継がなくても、毎朝、相乗りできる便が2便あった。帰りも、彼らと待ち合わせて、やはり相乗りで帰宅。週末は、おのずと都心へでかけることなく、彼らと一緒にカラピクイバで過ごすことが多くなった。

友人の家で暮らしていると、サンパウロ圏にいるということをすっかり忘れてしまう。サンパウロの中心から、渋滞がなければ車で30分ほどのところなのに、まるで都会から遠く離れた避暑地にでもいるようで、とてものんびりできる。

友人宅はコンドミニオ・フェイシャード(閉鎖式コンドミニオ)と呼ばれる、壁に囲まれた巨大な敷地内にある。この隔離された空間に、およそ2000軒の高い塀を持つ家が建っている。どの家にも広々とした庭があり、同じ家はふたつとなく、店舗や公共施設のない住宅街、といった感じだ。友人宅から、警備員のいる入口の詰め所までは、徒歩で15分。入口を出ると、ガソリンスタンドや食料品店、バス停などがある。この敷地内で暮らすことの利点は安全性。警戒する必要なく、ジョギングやウオーキングができること。ただ、ここでずっと暮らしていると、なんだか陸の孤島にでも住んでいるみたいで、ちょっとだけ世界から取り残されてしまったような気がしてくる。

でも友人たちは、そう感じてはいないようだ。何より、家族の安全が第一だし、仕事が済むと、サンパウロの中心の、あの騒音、渋滞、汚染からすっかり逃れ、緑あふれる静寂な我が家に戻る、という生活スタイルがとても気に入っているという。確かに、カラピクイバの家は、都会の慌ただしさをすっかり忘れさせてくれる。夕方この家に戻ると、急に時間がゆっくりと流れ始める。自宅での彼らは、まるで仕事の時とは別人のように、台所に立って保存食をつくったり、粉だらけになってパスタを打ったり(友人はイタリア系移民の子孫)、火を起こしてバーベキューをし、庭の手入れをして過ごす。週末には決まって友人たちが集まって来る。

ところで、彼らの住むコンドミニオ・フェイシャード内は、本当によく停電する。まっ暗闇の中、オイルランプのあかりだけで過ごしていると、まるで離島にでもいるような気がしてくる。電気製品が一切使えない夜は、みんなで一緒に歌を歌い、パンデイロを打ち鳴らした。そのたびに、音楽を奏でるということは、こんなに素敵なことだったのかと今更のように感じたのだった。

 

ARCHIV